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  • 2014.11.17 Monday
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三銃士の旅:ダル祭りで衣装レンタルするようだ

Facebookのリュピアック観光協会のページにダルタニャン祭りで衣装レンタルを開始するという記事がでてました。


三銃士の旅:番外編・銃士たちの時代にあったこと

まさか南アフリカで銃士時代のユグノーの話を聞くなんて思わなかったから、頭が結構大きく振れました、銃士に、また。
銃士脳だからしょうがないわね(笑)


南アフリカのケープタウンから小1時間くらいのところにステレンボッシュという町があります。
ケープタウンに続く、南アで2番目に古い町で、現在は南ア中のワイナリーの3分の2が集まる南アのワインの里です。


その近くに「ベル・ヴィル」というフランス語名の地区があって、これは17世紀にフランスのユグノーたちが移民して住んだところなんだとか。


つまり、ルイ13世から14世の時代、弾圧されたユグノーたちのほとんどが新教国のオランダに逃げ込んだものの、その数が年々数万人単位で膨れ上がるため(最盛期?には20万人といわれる)、オランダ国土内だけでは対処しきれなくなったらしい。
それゆえ、オランダ東インド会社は、逃げてきたフランス系ユグノーたちをケープタウンに移住させたそうで。
逃げたユグノーの大半は農民で、豊かな国土から逃げてきたフランスの農民は、オランダ系の農民より技術が高かったんだとか。
人材(財)の大流出だわ。


そして彼らはブドウ畑や果樹園等々を作り、ケープタウンで農業を始め、ワイン造りも始めたという。
そんなわけもあって、南ア産ワインは実は350年以上の歴史があり、今でもフランススタイルの製法でもワイン造りが続けられているそうな。



まあ、直接銃士のお話とかとは関係ないけどね。
でも、時代背景のひとつということで。


でも最初の宗主国オランダはプロテスタント。
続く宗主国英国も英国国教会。
フランスのユグノーにとっては暮らしやすかっただろうさなぁ。


というわけで、街中で見かけたオランダ系新教の教会。



やっぱり中身はアラミッツの教会のようにシンプルでした。


カタリ派やユグノーといった「異端」の立場から歴史を見るのは、まるで「フランス史」というカードを裏返してあぶり出しの文字を読み取っているようで、まったくほんとに、心底実に面白い。
やめられんわ。


三銃士の旅2013冬(7):シンプルな教会「たち」が示すもの

すいません、ヴァンヌ、まだ引きずってます。
てか、止まらない〜!
なんか妙なスイッチ入っちゃったみたいだわ、完全に。
ふっと気をゆるめると、ぽっこんぽっこんと浮かんでくるのだよね。
昔聞いた曲のフレーズとか、歌とか、なぜ今?と思いつつ、曲の背景や歌詞をよく見てみると、「あああ〜〜〜(ダンダンダン!)」みたいにね、符号があったりするんですよ。
わかってはいたけど、蓄積ってこういうところで効いてくるんだと、改めて思います。
いやほんと、心惹かれるものは可能な限り、やって、見ておくに限る。
心身に貯めておくに限るよ。
よし、バレエもっとたくさん見るぞ!(←違う)


それはともかく。
デュマ先生のおおらかさなのか、100年先取りした聖パテルヌ教会(三銃士の旅2013冬(1):司教閣下のお気に入りはふんぞり返ってる)を思うとともに、一昨年、昨年と訪れた、ベアルンのアラミッツ村の教会(↓)も思い出すのです。

     


これも修復されちゃってるから、なかは真新しくきれいなものなんですが、いわゆるユグノー仕様ゆえ、シンプルな祭壇を主体に置いた造りは、多分当時とそう変わらないのではないかと思う。
仮に何かあっても、正面に質素な十字架があった程度じゃないかと。


原作ではユグノー出自は語られていないし、またユグノーのお家だったのは、あくまでもアラミス(それにアトポル)のモデルさんだから、これはもう妄想というか、脳内補完も猛々しいのだけど。


でもユグノー出自というテイストを加えるなら、アラミスにとっては、このシンプルな教会こそが、教会のデフォルトで、だから「聖パテルヌ教会がお気に入り」とも解釈できるのかなー、と思ったのですよ。
デュマ先生は、当然そこまで考えていたとは思えないけど…。


でもユグノー出自というアイデンティティがあればこそ、また元ユグノーであったアンリ4世のお膝元のひとつであるベアルン故に、あの宗教抗争の記憶はやはりまだ生々しいと思うのだ。
特に、あの地方の当事者たちにとっては。


だからこそ、アラミスってのは誰よりも一層、カトリックを、そしてイエズス会もまた「道具」「手段」として割り切って接していたのかもしれないよ。
カトリックの神父を目指す男が、でも一番カトリックを信じてないの。
なんてアラミスらしいんだ。


そんなわけでね、この2つの教会を思うと、アラミスの本質って、ひょっとしたらここにあるのかな、とも思うのですよ、いろいろと。
がっつり覆い隠されてはいるし、本人も見せようとはしないけど、………………………だったり………………………ってのかなー(含笑)


まあ何と言いますか、生まれながら黒い奴はいない、ってのか。
んんんー、まっつの「夜明け」みたい。
マスケティアのアラミスも、Axleの胡散臭いアラミスはもとより、若アラミスも、あながち…というか、かなりいい線ついてると思うよ。
てかやっぱり、既成アラミスで最初に思い浮かんだのがAxleアラミスってのには理由があったんだな、うん。


秘めて秘めて秘めまくった部分の一部をさらけ出してつき合えたのがアトス・ポルトスであり、丸ごと預けて受け止めてもらえていたのがさらに、ポルトスだったのでしょうねぇ…。
うう……泣けるなぁ、司教様、あなたって人は…(ダンダン!)


そんなわけで、もともとミステリアスなところに、情報の蓄積でさらにミステリアス。
この情報とネットワークの駆使もまたね、400年先取りの思考ですよね。
イエズス会の情報戦略はそれだけで1冊の本になるくらいですから、これは事実です。
いやいや、ほんとに、まだ尽きないわ。
ヴァンヌったらあんなに小さな町なのに、やっぱり司教様が目一杯詰まってる。


三銃士:ヴァンヌにて、思い浮かんだ既成アラミス(落描き付)

絵を描く方々ならもうすでにご存知だろうが、最近見つけたフリーの絵描きソフト「AZ Painter2」が使いやすくて結構いい。
http://azpainter2.softonic.jp/

何より軽いし、サクサク動くし、ペン機能は筆圧感知だし、レイヤーも使えて、カラーも結構気軽に行ける。
また筆のぼかし具合もいい感じ。
ぼかし系もベタ系もかなり自在。
印刷系には向かないが、オンラインで手軽気軽に遊ぶには非常によろしい。
これは結構おススメだ。


漫画系ソフトはコミスタ持ってはいるが、あれはどうも使いにくい。
定規とか、全然わかんね(゚゚)ワカンネ
まともに付き合ってたら金ばっかりかかりそうだし、デリーターのコミワクの方が全然シンプルで良かったんだけどな。


それはともかく、AZで落描きってみた。
Axle版アラミス。



 


三銃士の旅2012冬(5):非なるが似て非なる者同士の片割れに会う

さて、ヴァンヌからナント経由…ってかしばし滞在ののちパリに戻り、時間刻みのスケジュールの隙を突いて、やっぱり見ておこうということで再会してきたダル像。


   


メトロのMalecherbes駅、Place General Catrouxへの階段を登ると、いきなりどーんと現れよるよ(笑)
パリのメトロは駅間が1分程度なので、駅数が多いようでも東京より乗っている時間は短い。
さくっと行けるのが良いわね。


で。
このブログにいらっしゃる皆さんは、もう正面写真は見飽きているだろうから別アングル。


   



なんか孤高のダルって感じで、結構これはお気に入り。
この「ダル物」を読むにつけ、話が進めば進むほどに、自分的には「ダルの孤高」が一層色濃く見えてくるのだが、今回ヴァンヌに行って、改めてその思いを強くしたわ。


結局アラミスはダルほどに孤高になり切れない。
壮大な陰謀にポルトスを巻き込んでいる。
巻き込まざるを得なかった…というのか。
ベタな言い方をすれば、やはり側にいてほしかったってのもあろうさ。
巻き込めるものならアトスも巻き込みたかったに違いないだろうけど、さすがにそれはできなかった。
てかアトスの性格とか、アラミスとアトスの関係を考えたら、どうしたって無理w
…そういう意味では、巷の映画だのヅカだの芝居だのの「仮面の男」は、「三銃士」的には結構美味しいわな(苦笑)


前にも書いたが(成立しない数式  フクザツだからアラミス)、ともかく孤高になりきれないアラミスは、やっぱり「3」の中にいる。
「三銃士」は永遠に「三銃士」だ。


対してダルはやっぱり「1」だ。
アトスに愛されていても、ラウルに慕われていても、上手くやっているように見えてもやっぱり、どこか「1」なのだ。
3+1は4ではないのだ。


「3」のなかの1人に心を開き切れないからこその「1」なのかどうかはともかく、ダルってのは孤高の男だと、改めて思う。
「それでも1人でただ、前進し続けるダル」なんである。
失った過去に殉教せず、進む奴。
というか、これがあるからこそのダルだし、だからこそ自分はダルというキャラを受け入れられるわけで、またそれでこその「ダルタニャン物語」なんだよなぁ。


そしてもちろん、アラミスも然り。
失いまくっても、最愛の友を結果的に自ら死に追いやってしまっても(どれほど本人ドツボって傷ついたかは敢えて書く必要はあるまい)、亡命先でしかるべき地位を手に入れ、それでも生きる、このしぶとさ。
似て非なる…いや、非なるが似て非である者同士なのだろうな、アラミスとダル。
いやいや、本当にまだまだ突っ込み甲斐があるわ。


ちなみにこのダル像もといデュマ像のある広場の角っこには「Cafe Le Dumas」があります。
ってか、できてたのか?
昔からあったか??


   


時間があれば入りたかったけどね、さすがにタイムアウトだったので、これは次回のお楽しみ。


三銃士の旅2013年冬(4):時を駆ける壮大な司教様

帰国後、もらった資料やらネットやらで調べてみたが、やっぱり聖パテルヌ教会は1770年築だ。
んもう、デュマ先生ったらおおらか過ぎるわww
アラミスは時を駆けたのか。
100年先取りしていたのか(さすが!?)
本当に大笑いであります。
でもまあ、歴史物とはいえ創作のフィクションだからして、100年時間軸がずれていようが、それは良しとしよう(笑)
確かに聖パテルヌ教会はあり、その裏側にはお館らしい建物もあったことだしね。


ともかく。
ちょっといろいろ補足など。


アラミスの「お気に入りの教会」の名前になった「聖パテルヌ」は、5世紀に初めてこの町、ヴァンヌの司教になった方。
つまり5世紀にはやはり教会(らしきもの)があったということになる。
その教会がサン・ピエール教会かどうかはともかく(でも多分そうだと考えるのが自然)、有名な司教を輩出した町であることに間違いはなさそうだ。
由緒ある町なのです、ヴァンヌ。


またこのヴァンヌを含むブルターニュの辺りはブルトン人、ヴァイキング、フランス人とさまざまな争いもあったようで、大聖堂も何度か破壊されているという。
アラミスがお勤めした大聖堂は何度目かの再建によるもので、最も古い部分は15世紀のもの。
以後増改築が繰り返されて、今の格好になったようで。
特に主祭壇と後陣の部分は形は昔からあったとはいえ、19世紀にだいぶいじられているようだ。
19世紀の修復というのは、当時のスタイルでキレイにしてしまう修復法だったから(てかもう修復とはいえない)、原型をどれだけとどめていたかは、かなり不明瞭。
右翼左翼の辺りが、アラミスがいた頃(笑)のものだったりするわけですね。

     

てかもう聖パテルヌ教会からしてワケワカメな年代設定だから、もう後陣がいつのものなんてどうでもいいんだけどさww


それより一昨年にベアルン、昨年夏にベアルンとガスコーニュを訪れ、今回ヴァンヌへ来てみて思うのは、やっぱりアラミスは情報網をしっかり持ち、それをフル活用していたんだなぁということ。


てか、情報ってのはそれを必要とする、あるいは理解できる者でないと意味をなさないわけで、きっとアラミスもそれを巧みに使い分けていたに違いない。
だからこそ「情報が多い=秘密が多い=ミステリアス」なのだ。


そして地図をしげしげと眺めるにつけ、「ヴァンヌ」という立地がね、なんかすごいよ。
大きな地図で見る


海を辿ればフランスバスク、スペインバスク――フランス・スペイン国境付近からビルバオ辺りですが、つまりはイエズス会の本拠地まっしぐらなわけです。
当時の交通事情を思えば、道の悪かった陸を辿るより全然早い。


ベアルンを訪れた時、アラミスは絶対に峠の民の情報網を持っていたに違いないと、もう勝手に妄想しているわけだが、その峠の民の情報網だって、陸路から海路を取った方が明らかに早いだろう。
海の道、峠の道、使えるものを駆使して頭を巡らせ、壮大な計画を練っていたのかと思うとね、ホントにすごい奴だなぁと思うのですよ。


しかも「三銃士」時代から、最初はベアルン辺りの峠の情報網(コミュニティ・ネットワークと言うべきか)を背景に持ちつつ、年代を経るとともにそれを着実に広げて、いつしかイエズス会という強大な組織の情報網をも手に入れていったのかと思うとね、ミステリアスで当然だし、秘密が多くて当然だし、根本的にもう考えてることのスケールが全然違う。
ただの銃士じゃない。
ゾクゾクしますね。
しかもイケメンだ。
楽しすぎるw


常々アラミス中心のアラミスファンとしては、ダルタニャンという、アラミスの最大のライバルになる男がショボイ奴では困る、という視点でダルを見てきたわけだが、こうしてアラミスの設定なんかを考えてみると、ダルにとってもライバルになり、かつ友情と「コノヤロー」の複雑な感情の間を行き来する男がチンケな奴では困るだろう。
てかショボイ奴に勝って喜んでるようなダル、あるいはアラミスなんて見たくないでしょうが。


そんなわけでも、デュマ先生、建築時間軸がテキトーとはいえ、やっぱり彼なりに「アラミス」「ヴァンヌの司教」という設定に、重きを置き、意味を持たせていたのかなぁと思った次第です。
いやいや、面白い。
実に面白い。
体感してこそ得られる、このリアリティ。
本当に妄想止みませぬわ(笑)


三銃士の旅2013冬(3):イエズス会の礼拝堂で一層リアル

直接小説には登場しないのだけど、見ておきたかったのがイエズス会が1660年頃に建設したという、サン・イヴ礼拝堂。
この「イエズス会が」「1660年頃に」ってのはグッと呼ばれません?
時代背景を一層リアルにするような感じで、これはぜひ見に行かねばなるまいと思っていたのだ。


が。
観光局がくれたしょぼい地図には載っていなくて、どこにあるのかわからない。
観光名所にはなっていないようだ。


いやでも、司教様の町だ、絶対お導きがあるはずだ!と思って(思いこんで)自力捜索を開始。
イエズス会が教会を辺鄙なところに建てるとは思えないんだよなぁ…と思いつつ、何気に門をくぐり城壁を抜けたら目の前にでっかい建物――市庁舎があり、その右手になにやら怪しげな、見たことのあるスタイルの建築物が。
ふっと上を見たら、あるじゃないのさぁ〜、イエズス会のマークが!!


              


おおおおおキタ――(゚∀゚)――!!


しかもイエズス会建築特有の、正面壁が薄っぺらい…というか、1枚板のようなというのか、そんな造りだよ。

             


外の表示には確かにサン・イヴ礼拝堂って書いてあるし!
お約束通りじゃん、やったね!
お導きだね!
ありがとう、アラミス!


というわけで、サン・イヴ礼拝堂。
築1660…というか、もともと神学校だったところに、イエズス会が1661年に礼拝堂をくっつけた、という感じらしい。
今は中学校になっているようで、確かに観光スポットじゃあないわな。


ともかくこれで確かに、史実としても、イエズス会がこの町に手を伸ばしていたという証が立ちました。
しかも神学校ごと乗っ取ったのか!?
会士育成機関だったのか??
やることがやっぱりエグいなぁ(苦笑)


しかも年代的に、イエズス会が礼拝堂を建てて根城を据え、まず送り込んだのがアラミス…という感じにとれなくもない。
当然、司教様とイエズス会士の密談とか会合とか、そんなことがここで、あるいは司教様が密使を送って、ここから郊外の館に迎え入れ、行われていたかも…なんてねぇ、妄想膨らみますねぇ。
うっはー、萌えー♪
アラミスの策謀に一層リアリティを添える建物ですよ。
うへへへ。


というわけで、司教様の町を満喫。
ひとしきり巡ってお城から聖パテルヌ教会を望むと、確かに郊外です。

              


てか、この距離を歩いたのかww

ともかく。
こうなるとやはり次は、ベル・イールに行かねばなるまいなぁ!


三銃士の旅2013冬(2):司教閣下の出世ぶり

さて、のっけから出会った聖パテルヌ教会から、まずは観光案内所を目指して進むわけですが、これがなかなか出てこない。
全然黒くない城壁沿いにてくてく歩いていたら、いかにもなフランス風庭園。
これはひょっとして…と思ったら、やはり町のシンボル、エルミン城。
この地域を治めたご領主様のお城である。 

              


庭側には町の紋章でもあるマフラーイタチもいるわけだが、中が結構しょぼい。
ってか、城らしい展示はなく、1階で市民会館的な写真展をやっている程度。
これもうちょっとなんとかならないかね。
せっかく外観は品のある、由緒正しきお城なのに、もったいない。
それとも展示する家具調度とか、品が残ってないのかな。


ちなみに「エルミン」はイタチの意味。
ご領主さまの紋章がイタチだったので「エルミン城」と呼ばれるようになったのだが、つまりは「イタチ城」というわけか。
それゆえに、町の紋章もそのままイタチを採用、と。


ともかく。
暇そうに座ってる写真展案内のお婆ちゃんに観光案内所を教えてもらい、無事港の近くの観光案内所で地図もGETだぜ。


…って、港だよ。

             


物資も入る、情報も入る。
ブルターニュ地方だから、やたらクレープ屋が多い。
海産物…特にムール貝を出すらしいレストランもある。
結構豊かだ。
ベアルンもそうだったが、地方にいても、きちんと情報&物資が得られるところにいるのが、さすがアラミス(って、ベアルンはあくまでもモデルさんの出身地だが)。


サン・ヴァンサン通りを抜けて司教様の職場である大聖堂を目指します。
木組みの家や結構新し目…といってもそれなりに古い建物がひしめき合う場所に、サン・ピエール教会もとい大聖堂はありました。

                               

いやいや、これは荘厳で古いわー。
最初の礎石は5世紀とか。
ブルターニュだったらケルトとの攻防もあったろうから、結構早いうちにキリスト教が入っていたわけだ。
さらに王家縁のブルゴーニュ公のお城もあるわけだから、これは確かにフランス的にもキリスト教にも要衝のひとつ。
こういう町の司教様ってのは、確かに大出世ですよ。


で。
教会の中は典型的なゴシックの作りで、威厳も満点。

                               

入口近くに聖パテルヌさんの像がありました。

                            

聖体行列に使う幟も飾ってあるぞ。
こんなところで説教とかしていたんだ…と思うと、結構妄想が膨らみます。
いやはや、ホントに出世したもんです、アラミスってば。


またこの町はリアルに有名な司教とかを輩出したようで、教会の後陣には聖体行列の写真も飾ってありました。
しかも結構最近で、一番新しいのは2000年代。
聖体行列に使う道具なんかも飾ってある。
つまりこの教会、未だしっかり古式ゆかしきカトリック行事が行われているわけだ。
この町縁の聖人様、聖ヴァンサンの聖遺物もあったりで、実に教会ともども由緒正しい町です。
こんなところで職務を執り行いつつ、一方で策謀を練っていたわけですね。
ホントに喰えない男であるよ。
しかもここのマリア様って結構美人さんで、ステキなお顔です。

                               

あまりにアラミスで、うれしくなっちゃうね(笑)


三銃士の旅2013冬(1):司教閣下のお気に入りはふんぞり返ってる

ヴァンヌに行ってきました。
アラミスが司教となってフーケと手を組み、鉄仮面計画を着々と練り上げた町です。
いやいや、小さい町ですが学生が多いという、最近訪れた地方都市にしては珍しく活気のある町でした。
またこの時期、雨が多くて寒いんですが、気温13度、雨にもあたらず、時折薄日が射すという感じ。
司教様、銃士の神様ありがとう!


到着が前日の夜だったので、ホテルは超駅近のエコノミー宿。
久々にエレベーターのないホテルだったので、荷物を3階まで運ぶなんて、どれだけ久々か。


というわけで、町歩きへ。
町の中心は大体駅から10分程度。
ヴァンヌなんて歩き方にも載ってないだろうってことで、現地で観光案内所を探せばいいやという、行き当たりばったりで出かけて行きました。
いや、ちゃんと「ダルタニャン物語」の7巻は持参して、行きたい場所の当たりは付けておきましたのことよ。
司教様の職場の大聖堂(サン・ピエール教会)、お気に入りで居住地近くの聖パテルヌ教会。
サン・ヴァンサン通りに、作品中には出て来ないけど、ちょうどアラミスがヴァンヌに赴任した時期に建てられた、イエズス会のサン・イヴ礼拝堂。
てかこのサン・イヴ礼拝堂はまさにイエズス会の力がこの地に及んでいたという証だよな。
一応舞台背景として、ここも見て、確認しておきたいと思った次第です。


町というのはでっかい教会がある方向にあるもの。
ということで、一番手近に見える教会をまず目指して歩いたら、それがなんと司教様お気に入りの聖パテルヌ教会でありました。
のっけから大ビンゴ!
これが司教様のお導きでなくて何。

               


さすが司教様のお気に入りの教会、ふんぞり返ってます!
どーんと。

どうよ、このふんぞり返り方!

           


「新しくて、郊外にある点がお気に入り」という教会は、形はいわゆるゴシックやルネサンスとも違う。
天井の造りとかもかなり時代が新しい。

              

内陣から後陣にかけてもいわゆる典型的な教会の造りとはちがうなぁ。
どん詰まりじゃないか。
シンプルで、教会的にごてっとした感じではなく、アラミスってのは豪奢な派手ケバよりは、モダンで洗練されたものの方が好きなのか。
まあ郊外にあるからお気に入り、というのは、いろいろ目につきにくいとか、隠密計画のためもあったんでしょうが。


でもさ。
この聖パテルヌ教会、「1770年建設」ってあるんですけどデュマ先生!

        


…まあ礎石というか土台となる祠だか礼拝堂があった…と考えればいいのか…。
これは帰国してからもう一度きちんと調べなければなるまい。
いずれにしても、宝塚なんてお話にならない時間軸のズレ!?
いやでも、確かにデュマ先生が訪れた(かもしれない)時代には、この教会はあっただろうし、新しかっただろうさなぁ(苦笑)
いやもう、のっけからこれだよ(大笑)


気を取り直して、教会から見た町。


        


木組みの家々がかわいらしい、ブルターニュやアルザス方面など北部でよく見かける造りです。
木組みの家は大体15〜16世紀くらいのものが中心って、まだ使ってるのがすごい。
欧州人のこういうところは、本当に感心します。
ってか地震がないからできるってのもあるのだろうけれど。


ともかく、この教会の近くがアラミスの住処だったという設定なわけです。
古い家々が未だこれだけ密集しているなら、基本的な町の様相は、そんなに大きくは変わっていないでしょう。
それにしても、こんなかわいらしい町で策謀を練って、またダルとにっこり笑って腹探り合い、尻を抓り合っていたわけか。
体重140kgの巨大な熊の立ち会いのもと、野猿と狐が腹を探り合う図。
町の雰囲気とのギャップがすごいわ。


三銃士の旅:司教様の町に行ってくる

ヅカ版「仮面の男」の歌の数々がリピートしまくってるカバです。
いやもう、垂れ流しって恐ろしいわね。
無意識下に働きかけてきて、気が付けば茶碗洗いながら「い〜ま〜 キミが〜 そばにい〜るぅ〜♪」とか口ずさんでてヤヴァイ(^_^;)
シンプルなものこそ、すぐ頭に入ってくるんだわなぁ。


ひょっとして「聞き流すだけ!」という某語学教材も効くんじゃないか…??と思えど、さにあらず。
「好きなもの」「好きなテーマ」じゃないと、これは効力を発揮しないのでありますよ(断言)
あの教材は「アメリカは素晴らしいですね!」「だからアメリカってスゴイんですね!」という、「アメリカ万歳」的な内容ばっかりで、真面目に聴いていると結構胡散臭いです。
デカプ映画でもレスター版でもなんでもいいから、オリジナル言語で垂れ流す方が、よっぽど効果があるわいな。


それはともかく。


来年1月末にヴァンヌに行ってくることにしました。
銃士旅のなかでも、アラミスファンのための場所でありましょう。


いや、本来の目的というか所用はナントなんだけど、ヴァンヌはナントから1時間くらい。
これは立ち寄らねばなるまいよ、ということで決行します、司教様詣で(笑)


ほんと言うと、やっぱりその辺りまで行った以上はベル・イルの要塞や洞窟も行ってみたかったけど、夏のリゾート地だから冬は足がないし、日程にもお財布にも限界があるということで、今回は無難ヴァンヌだけ。
当初予定していたより、日程が短くなり、また当てにしてた羽田便が、なんか冬は値段が高いので断念。


ヴァンヌ、ナント、パリというルートで、最後のパリではオペラ座のバレエも見てきますぜ。
ってか、このオペラ座ねじ込みがあるから、結構いろいろ無理しないとならんところがあるんだけど。
でもパリに行ってもオペラ座の公演にうまく当たることってあまりないので、やはりこういうチャンスは逃してはならんのであります。


ちなみにヴァンヌをざっと調べてみたところ、ブルトン語併記の町ってかなりまたディープ。
バスク・ミックスのベアルンといい、ブルトン系も根強いヴァンヌといい、こういうクセのある町を拠点とする辺りが、なんともアラミスっぽくて、ゾワゾワわくわくしますな。
いやいや、楽しみであります。


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