categories

archives

Message

ashiato

株主優待

手ブロ

TWITTER

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 2014.11.17 Monday
  • -
  • -
  • -
  • -
  • -

ヲタ話:「ベルばら展」に思う、「アナログ」から得たもの

「ベルサイユのばら展」:「アナログ」のパワー&パッションを本家の方にアップしました。

       


いやもうね、ほんとにスゴイ展示でした。
特に膨大な生原稿は圧倒されますよ。
ホワイトがないんだもの、ほぼ無修正(笑)なんだもの!


原稿にはカラーはもちろん、今は消滅している「2色原稿」もあって感動的でした。
赤と黒の2色原稿は、これはすごくキレイだと思って、昔真似して描いたことがある。
カラーは苦手だけど、この2色の、赤と黒と白の世界はすごく楽しかったなぁ!
赤というかクリムゾン系が好きで、そこにオーロラピンクを混ぜた色を作ったりして、それで2色とかやってみたり、面白かったです、ホント。


展示には懐かしの連載当時の週マのホンモノもあって、同級生のお家の「パーマ屋さん」(笑)で思いっきり読んでたよww
木原敏江がまだ「木原としえ」で、「エメラルドの海賊」描いてたり、「エースをねらえ!」が始まったばっかりだったり。
「郷ひろみ物語」も時代で笑えたよ! てか写真の郷ひろみが若すぎだよww



それはともかく。
この展示でつくづく思ったのは、行き着くところ「アナログのすごさ」です。
どんなにデジタル技術が進化しても、この「人」が直接紙に落とす線のパワーにはかなわない。


もちろん時代的なものもあるのは十分承知だし、何が何でもアナログマンセーなつもりもない。
でも人が自らダイレクトに紙に落とす線は、「線」以上に、思いの丈がこめられている。
多分漫画に限らず、やっぱり私がバレエや舞台が好きなのは、「人」がやる/表現する世界がダイレクトに伝わってくるからなんだと思う。
写真もそう。
昔は紙焼きあるいはポジで、一眼レフで撮ってたけど、あの時の方が対象との真剣勝負だった。
一瞬に魂を込める。
失敗は許されない。
だからこそ籠ってる思いは半端じゃない気がするのです。


いま私が描くのは絵とはいえない落書きが限界で、また昨今の同人界に蔓延している妙な「上手い人以外は描くな/下手な奴は描くな」的妙な観念からすれば、私は「絵を描きます」なんて、口が裂けても言ってはいけない類なんだろう。


でも、やっぱり絵は、紙に、ペンで描いてこそ楽しいと、心底思います。


時間的・物理的・空間的問題からPCペンタブな感じになってはいても、やっぱり絵はちゃんと原稿用紙にペン入れしたい、できれば。
あのペンで紙に描くカリカリコリコリショリショリ……という感じが、やっぱり堪らなく好きですし、懐かしいし、心が打ち震えるよ。


多分PCペンタブしてても物足りないのは、間違いなくその感じなんだよな。


そういう意味ではあの「新三銃士」の人形たちも、そうしたアナログコンセプトに基づいて作られ、また動かされていたわけで、その部分はすごく成功していたと思うのです。


だって、ベルばら展でアナログの生原稿を見て、やはり「描きたい」と思ってしまったように、あの人形たちにも、そうした「描きたい」という気持ちを再燃させてくれる力は、やはりあったのだから。


ええ、その点は私は否定しないです。
むしろ肯定するし、多分それが、それでも、あの人形劇から得られたプラスの部分の一つだったろうと思います。
そこから連なる人との関係とかね。
アナログが伝える、伝えたいと思うパワーの一つが、確かにあったと思うのです。



とはいえ、自分がだから紙に描くと、それこそやっぱりヘボ絵だからホワイトの嵐になるわ、切り張りだらけでコキタナイ原稿用紙になるわで、目も当てられない。


だからといって、文章ではどうかというと、悲しいかな、私はニュース・論説・ルポについては紛れもなく文章書きだし、実際それで多少なりとも飯食ってるから、やっぱりある程度の自信を持って書いている。
てか天狗になってはいかんが、特に私のようなデフォルト・チキンな人間は、耳クソ程度でも自信を持たないと、プロでは飯は食えない。
とはいえ、同業者に言わせると、私のように一応プロ畑の片隅にいるにもかかわらず、金にならない文章をブログで垂れ流すのは、馬鹿がやることなんだそうな(苦笑)
彼女らが言わんとすることもわかるけど、これは実際馬鹿だからそれでいいよ。
てか、人には人それぞれのやり方と考え方があるんだよ。


ともかく。
ではニュース・論説・ルポは書けても、お話しやストーリーを文章で書くことができるか、といえば、実はできない…というか進まなくなるのです。


これが「表現」の微妙かつ繊細なところで、今度は文章にすると、自分の頭で考えているものとどうも違うし、それでは自分が言いたいことが本当に伝わるとは、まだ思えずにいるわけです。


多分、自分の世界についての表現は昔々、「漫画」という手段で入ってしまったからなんだろうな。


だから、というわけではないが、実はカバはコマ割りが大好きで、コマ割りした絵コンテいうかネームは今でもいろいろ積んであるし、実は増えているけど、絵入れに至らず形になってないのが現実。
坂田靖子先生的に言えば「存在しないのと同じ」だ(苦笑)


まあ結局、アナログ時代に生まれ、今でも愛され進化する作品にどっぷりつかり、なんとなく、創作に至るまでいろいろ思いを馳せてしまったわけですが。
今は今なりのやり方があるんだろうし、アナログだろうがデジタルだろうが、結局「人」が何かしたいと思って生み出し、創り出しているのには変わりない。
それがホンモノかどうかの答えを出すのは、時間なのかな、やはり…。


スポンサーサイト

  • 2014.11.17 Monday
  • -
  • -
  • -
  • -
  • -

コメント
コメントする